岡山県美作市へ 

先日は岡山県美作市へ病院同行に行っていました。同行先の医師は非常に話を良く聞いてくださり、たいへん良い医師面談となりました。

美作江見という駅が最寄駅なのですが、2~3時間に一本しか電車が走っていないため、神戸を早朝から出発しなければならず、やや移動が大変ではありましたが、旅行をしているような感覚がして楽しかったです。

兵庫から岡山へ抜ける途中、上月という駅を通過しました。上月には上月城があります。(今は跡が残るのみですが)

上月城は、羽柴秀吉と組んで尼子氏再興を目指した山中鹿之助が、毛利氏と最期に戦った場所です。秀吉に救援を乞うも、信長から秀吉に「見捨てておけ」と指示が出ていたため秀吉は援兵を上月に差し向けることができず、山中鹿之助の籠もる上月城は落城。

山中鹿之助は捕えられ、その後脱出を図りましたが失敗し、殺されました。

山中鹿之助と言えば、「我に七難八苦を与えたまえ!」と月に祈っていたというエピソードで有名です。赤穂浪士の大石内蔵助と並んで、忠勇の士として今でも称えられています。戦前の教科書では、山中鹿之助は楠正成のように、武士の鏡として教えられていました。

山中鹿之助がもし生き残っていれば、尼子氏は少なくとも秀吉が死ぬまでは大名として存続していたはずです。もし尼子氏が存続した状態で関ヶ原を迎えていたとしたら・・・

豊臣の恩に報いるため西軍についたのか、毛利憎しで東軍についたのか、など、戦国ファンであればいろいろと想像を巡らしてしまいますw

上月にちなんだ英雄、山中鹿之助の一途な忠義心は、忠臣蔵同様、いつまでも色褪せずに後世に語り継がれていくのでしょうね。

 山中鹿之助

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